最高の景色と一期一会に乾杯

〜2003年 旅の軌跡 中央アルプス編〜


  その日、私は長野の山中を爆走していた。何ゆえ、そこを目指すのか。ただ何かに導かれるかのように、日本アルプスの中心部、御嶽へと向かっていた。深夜の山道に明かりはなく、登山口へと続く道路の上には、輝く無数の星が見えていた。どれほどの人々が山に憧れ、登るのか。夜中の駐車場には、すでに多くの車が停まっていた。夜明けとともに、ここにいる人々が同じ場所を目指すのだろう。

  大地がまだ霧に抱かれた時間帯。人々が動き出す。眼前にそびえる、一王国を思わせる雄大な姿は御嶽。登山口の鳥居をくぐったときに、登山は始まった。真っ直ぐな道はそのまま頂上へと通じるかのようだ。海抜は2200m。普通に生活していたのではまず行くことのない高さ。そこからみるみる高度を上げていく。木曽の山中にあって、なお高い御嶽は、登り始めてわずか数十分で、周囲の山々を見下ろせてしまう。そして、朝もやに覆われた大地と雲海の彼方に見える中央アルプスの山々。こんな景色が見たくて登るのだ。晴天に恵まれ、今日は最高の眺望が期待できる。

  信仰の山には、ある種独特の面がある。御嶽もその一つであり、信者にとっては特別な場所なのであろう。一般的な登山道を外れ、人知れず存在するその場所へと足を運ぶ。切り立った崖の上に現れた鳥居。人を寄せつけない雰囲気を感じ、思わず鳥肌が立つ。信者は何を思い、ここを訪れるのだろうか。一度は引き返そうと思ったほどの道の先に、確かに“奥の院”は存在していた。

  大地の息吹を感じさせる硫黄と噴気。地球の中心から漲るエネルギーを見ながら、再び登山道に戻ると、そこは“王滝神社”。さらにその先には石像の数々。信者がここまで運んだのだろうか。標高2900mの地に人工物が点在する。頂上はもう目前に迫っていた。森林限界はすでに超え、岩のごろつく道を最初と変わらぬペースで登りつめる。“御嶽神社”に駆け上がり、そこで見たのは、想像以上に雄大な景色。これほどの景色を見ることができる人が、いったいどれくらいいるのか。1年ぶりに味わう3000mオーバーの視界は、日常では味わえない感動を与えてくれた。

  なんて、いつもと違う文体で書いてみた御嶽編。ここからは普通にいきます。御嶽では八合目付近でビデオカメラを手に登る二人組みのおじさんとトーク。すでに多くの人々がいたが、単独で登っているのも、私くらいの年齢で登っているのも、Tシャツで登っているのも、全てが珍しい。ドキュメント風に、遠くの山々をバックに撮ってもらった。カメラが回る中、インタビューもされて、楽しいひと時を過ごさせてもらった。「体力がちがうから先に行って」とのこと。山にしては若いグループもいたが、こちらものんびり。頂上でまた会うだろうが、先に行かせてもらった。

  最初の頂上、王滝神社では石段に座るジャージ姿の女の子を発見。単独かと思ったら、おばさんをおいて先に登ってきてしまったそうだ。頂上への石段を駆け上がると、周囲から驚きの声が湧き上がる。まあ今回はのんびり登ったから、体力的には余裕だったからねえ。寄り道しながらも10時過ぎには頂上に着いた。雲海の迫る北アルプス、重なってそびえる中央・北アルプスとそのさらに奥の富士山、西には雲海の彼方に白山が浮かんでいた。飽きることなく、たっぷりと見させてもらった。

  昼飯にしていると途中で抜いた人々が続々と登頂。あいさつをされまくるあたり、登っている最中にかなりの人を抜いてしまったらしい。ここまで多くの人と話すとはおもってなかったが、これもまた楽しい。ちょっと年上のお姉さんも一人で登っており、昼飯のときにコーヒーまで勧められて、ありがたかった。頂上外れにある一個岩の上に立って、タンクトップで写真を撮ってもらったら、頂上にいた多くの人々の注目と歓声を集めてしまった。気分はよかったが、けっこうびびる場所だったぞ。でも、このお姉さんも「同じように写真撮って」なんていうもんだから、さすが山に単独で登る人は度胸が違うなあと、びっくり。

  ここからほとんど人の行かないおはち巡りへと行く。道を外れ、かなりひどい目に遭いながら、ぐるっと御嶽山頂を一周。遠くからカメラマンのおじさんたちも見ていたそうで、帰りに一言声を掛けてくれた。いいドキュメントが撮れたってさ。主人公は私らしい。サンキューです。にしても、人の行かないおはち巡りは登山道が判断しにくく、岩斜面を適当に歩いた感じだった。下りはかなり気を使った。よく見ても道が判断できないのはどういうこと?経験不足か?残雪にエメラルドグリーンの池を見て、一周終わり。行きにスルーした王滝神社で、景色の見納めに、めいいっぱいのんびりしていると、頂上でも写真を撮ってもらったジャージの女の子とおばさんが下りてきた。おはち巡りに行って、大変だったらしい。そうだろうなあ。

  何と下山はこのおばさんとずっといっしょ。ジャージの女の子は姪だそうで、小学校のときから山登りしてるそうだ。とにかく勝手に行くらしく、うちらをおいて一気に下って行ってしまった。頂上での読みどおり、東側には雲ができてきて、景色はほとんど遮られてしまった。読みが当たったのは自分でも驚いたが、景色が見えなくなったのは残念だ。そのせいもあって一気に下りてしまった。ひたすらしゃべりながらの下山は、黙々と下るより全然楽しい。50歳のおばさんが私とそんなに変わらないペースで下りられるんだから、大したもんだ。百名山だけで50以上は登ってるんだって。私よりはるかに経験者だ。登山口の鳥居を山側からくぐってゴール。登山の無事を感謝して、御嶽にバイバイ。道中で逢った人々にもここでお別れ。ひと山の一期一会。でも、「またどこかの山で会いましょうね」って言ってそれぞれの帰路についた。

  はずだったんだが、山道で睡魔に勝てずに爆睡。いい夢見てた。で、もう夕方になってしまった。何かもうノリで行くっきゃない。今日見た中央アルプスはすぐそこ。明日は木曽駒ケ岳に決まり。峠を越え、中央と南アルプスに挟まれた地方へ。夜の温泉はまほら伊那羽広温泉みはらしの湯。寝湯と露天で疲れを癒す。最後の力を振り絞って、木曽駒の麓へ。一般車両通行止の手前、ロープウェー行きのバスが出ている駐車場に停めて、そのままダウン。睡眠不足には勝てない・・・。

  シーズンは早朝から臨時便増発あり。のんびり寝てられずに、慌てて停留所へ。バスは中央アルプスの中心部へと山道を入っていく。さっきまでの街並みが嘘のように、あっという間に山深き谷間へ。野生の猿の群れが道路をうろついて、観光客を楽しませる。途中下車したのは中年の夫婦のみ。頂上まで7時間は掛かるという登山口からアタックするらしい。他はみんなロープウェー駅へ。これもまた長蛇の列。ロープウェーはダイヤ関係なしにフル稼働。私も楽して一気に千畳敷、標高2000mオーバーの地へ。

  そこはまさに観光地。老若男女、登山とは無縁の格好の人々があふれていた。が、中央アルプス縦走の重要なポイントになっているのも事実。さらに高い場所で夜を明かした登山者とすれ違いながら、稜線目指して登って行く。あっという間に着いた極楽平。尾根と登山道との出合いであり、そこからは登ってきた道の反対側の景色が広がっている。全方向に雄大な山々が広がり、南北アルプスと更に遠くの富士山が雲海の彼方に浮かんでいた。そして木曽駒の前に立ちはだかるのは岩峰の宝剣岳。近づくにつれて荒々しくなる岩場。ちょっと様子見で来ただけなのに、これは予想外。危険極まりない道に躊躇するも、気持ちを入れかえてGO。滑ったら・・・終わりだね。

  山で若者をみることは少ない。この宝剣岳では珍しく同世代の女の子二人組と一組のカップルに出会った。女の子たちはよくもまあ二人だけ登りに来たなあという感じ。めいいっぱい初心者で、ここはかなり大変だろうに。私には写真を撮ってあげるくらいしかできないが。でも、何もこんなに厳しいところで写真をお願いしないでもいいのに。けっこう大変。カップルは男がかなりのやり手。一眼レフと三脚を抱えて、余裕たっぷりにアドバイスしながら鎖場をクリアしていく。後ろからお尻を押してあげたくなるような彼女は、それでも楽しそうにしゃべりながら、何とか登っている。ワンゲル出身の彼氏なら頼りになるよなあ。山でのデートも楽しそうで羨ましい〜♪宝剣岳の頂上は、一個の岩になっていた。残念ながら私はその上に立てず。登るのはともかく下りられなくなりそうなので、やめといた。上に登れる人がいない中、この彼だけは登っていた。かっこい〜。私も彼女の前でなら登れたかも☆

  このわずかな区間だけ危険で、木曽駒側に抜けてしまえば、誰でも来られるとこだった。でも、こんな厳しい場所も、ちょっとくらいならあったほうが、楽しくていいかな。無事クリアできればの話だけど。あとから来た単独のおばさんも何とかクリアしたらしいが、「疲れたから木曽駒は諦める」って。カップルは腹が減ったので、先にお昼にするそうだ。「お腹空いた〜」って言う女の子がなんかかわいい。女の子二人組は宝剣岳の頂上で知り合った夫婦と行動を共にしていた。私は・・・気がつけば、30歳くらいの「そこに山があるから登るんだ」みたいな山男とともに、中岳を経由して木曽駒を一気に目指していた。小走りもしたりして、最後はまたもや駆け上がる。頂上の立て札にタッチしてゴール。昨日登った御岳が雲海の中に見えていた。

  3000m級の眺望を楽しみながらお昼にして、次々に登頂する人々を見ていた。ロープウェーの駅から真っ直ぐに来れば2時間弱。それでも十分な充実感はある。頂上に着いて喜ぶ人々の様子を見ながら、微笑まずにはいられない。宝剣岳でいっしょだったカップルも登ってきて、お互いの無事を祈ってバイバイ。あんなデートもしてみたいなあ〜。

  下山は歩きにしようか迷った。ロープウェーは下り2時間待ちだって。観光客に大人気らしい。天気がよければ4時間ほどの下山道を行くつもりだったが、見るからにやばそう。行きかけて引き返した。おとなしく千畳敷駅へ。あっさり登って来られるのかと思っていたが、私が登ってきた道以上に急斜面。これを登ったら、みんなそれなりに達成感を感じるわけだ。下りのロープウェーを待つ間に、登山道を5分ほど登りなおして、水をゲット。ラーメンを食べつつ、のんびりしていた。観光客にとってはバーナーとガスも珍しいようで、次々に話相手をするのにけっこう大変だったり。駐車場へのバスの中では爆睡してしまった。

↑ 宝剣岳頂上の岩、登れないっす

  山登りの後の楽しみは温泉とうまいもの。今夜の温泉は松川IC近くの清流苑。二日間で日に焼けまくった肌を水風呂で冷やし、露天風呂でZZZ・・・。郷土料理もおいしくいただき、中央アルプスでの週末を締めくくった。帰路につく日曜夜の高速道路。実はまだかなり遠くにいることを知って脱力感。それでも心地よい疲労感だとごまかしてみる。こんな一人旅もわるくない。3000m級の山々から見る最高の景色と一期一会に乾杯〜♪

おしまい

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