槍ヶ岳登山旅行記

〜2004年 旅の軌跡〜

エンドー


7月12日 打ち合わせ。

  槍が岳は、長野県、北アルプスの穂高連峰にそびえる日本で5番目の高峰。3180メートル。SMAPの稲垣吾郎と草薙剛が、罰ゲームで槍が岳を登っているのをテレビで観た。そこで、「ああ!オレも槍が岳に登ってみたい!」と思ったのが、きっかけだった。

  登山経験豊富なサークル仲間のサカワに持ちかけると、話に乗ってくれた。幸か不幸か、サカワが別個に所属している登山部がこのたび廃部することになり、部室内の装具を処分しなくてはならなかったそうで、道具はすべてここで手に入りそうだ。また二人で打ち合わせをすべく学食に行くと、偶然にももう一人の登山部員、S崎がいた。話を持ちかけると彼も興味を持ってくれて、かくしてパーティはこの3名に決定した!

  しかし、道具を提供してもらう代わりに部室の装具処分を手伝うことになり、部室掃除の日、学生会館内のゴミ箱というゴミ箱は、不自然にもアイゼンやピッケルなど、ゴツゴツとした登山具で溢れていた。

8月16日 第一日目。

  北アルプス登山の日。新宿からバス、松本駅から電車、さらに新島々駅からバスを使いダム沿いをウネウネと…。5時間程度で前線基地の上高地に到着。数行で綴ってしまったが、スタートラインにたどり着くまでにけっこうエネルギー使っていた気がする。白樺の木々、ログハウスの赤い屋根、穂高連峰をバックに望む大正池の美しい眺め。6時間前にいた新宿の喧騒は夢だったのか…?!これからこの自然いっぱいの山を満喫するんだと思い、気持ちが高ぶった!

  上高地には観光客がたくさんいた。しかし、半分ほどは景色を楽しみにきているだけで、大きなリュックを背負い、出発の準備をする登山者には、羨望の眼差しが送られていたように思う。天気は極めて良好で日焼け止めも効かないかのようなギラギラした日差しだった。

  重装備での本格的な登山は、今回が初めてなので、日ごとに荷物を軽く出来る食料係を担当することに。ストップウォッチつきの時計を持っていたので、タイムキーパーも務める。サカワがリーダーでテント係、S崎が水係である。ずっしりとした装備に身を堅め、得意気な表情になっているのが自分で分かった。

  13時、いよいよ出発だ。出発早々、ベルトの肩への圧迫に苦しむが次第に慣れる。前半は一般観光客も入り混じり、ハイキング気分で歩いていた。スタートしてまもなく野生のサルに出会った。上高地から離れ、奥地に進むにつれて登山客の割合が次第に多くなっていった。リーダーのサカワは口調もリーダーらしく「我々は〜しよう」「我々の今後の進路は…」と「我々」を多用していた。その口ぶりからリーダーというより、むしろ「隊長」と呼ぶほうがふさわしい気がしてきて、S崎と二人でサカワのことを隊長と呼ぶようになっていった。最初はからかい半分だったのが、だんだんとシリアスな場面でも隊長と呼ぶようになった。例えば「隊長!エンドーがいない!」(どこ行った?!マジでありえそうだが・・・)「よし、我々は小休止をする!」といった具合に。3時間ほど歩き16時、横尾に到着。日も陰りはじめ、本日の行程はここまで。サカワ隊長が行動食の使用を抑えていたおかげで腹ペコだった。小屋で売っていたブルーベリーのジャムパンに飛びつくS崎とオレ!絶品だった。イチゴのジャムパンはどこにでもあるが、ブルーべりは見たことがない。あれはうまい。

  飢えを癒し一段落すると適当な平地を探しテント設営。そのあとは楽しい夕食の時間だ。隊長の本日のお献立はレトルトカレー。アウトドアも手軽になったものだ、うまかった。ビールを買い近くの吊り橋に行き、夕刻のひと時をしばしくつろぐ三人。山の夜は早い。20時には灯を消していた。しかし、山のリズムに慣れないオレ。ラジオを持ってきていたので、一人オリンピックの中継に耳を傾けていた。明日は殺生ヒュッテを目指す、文字通りの「山場」だ。天気は雨の予報…。

8月17日 第二日目。

  4時起床。テント内で茶漬けの朝食。湯を温めるガスバーナーの熱でテント内も温まる。片付け、パッキング、体操をして6時出発。1時間足らずで降り始めた。絶景を撮ろうと息巻いていたのだが、これではカメラをしまうしかない。槍沢ロッジにつく頃には、雨具もだいぶ濡れ、気温も下がっていた。濡れないための雨具というより、体温を保つために着ているかんじだった。リュック内も下着も水の浸透していないところはなかった。昨日上高地で浴びたギラギラとした日差しが恋しい…。山道も小川と化し、ちょっとした沢登り状態だった。足元に集中して歩いて、ふと顔を上げると、3人とも山道を大きく外れていた。大きな岩をよじ登ったり岩から岩へ飛び移ったり、なんか変だなとは思っていたのだが、どうやら雨で出来た小川に沿ううちに道を外れたらしい。

  一言で言ってだった。下山客はいても登る者は我々以外いなかった。すれ違った下山客が「昨日の頂上は10年に一度の絶景だった!毎年登ってるがあんな景色観たことない!」と放ち、去って行った。さらにサカワ隊長の「オレ、登山で晴れたこと、ない。」。ああ、あと一日早く来ていたなら…。しかし、山稜を眺めると雨によって出来た、滝。あんな大きな滝が雨の時だけ現れるなんて。それもたぶん中途半端な雨だったらお目にかかれないはず。得した気分だった。頂上が近づくにつれ、残雪もちらほらと、そして指先は不健康な色に。懸念された高山病は心配なさそうだ。

  昼過ぎ、冷えきった身体でたどり着いたヒュッテがオアシスのように見えた。小屋に入っても体中から小屋の床に雨を降らしていた。寒さで膝が勝手に痙攣した。400円のカップラーメンをすすり、手作りサンドイッチを頬張り、チョコとコーヒーとマーガリンをミックスし熱湯で溶いたやつで身体を温める。やっと手に入れた温もり。しかし、サカワが外にテントを張ると言い出した。気温は10度前後、そして「暴」風雨である。隊長というより軍曹と呼びたくなった。そういうことするとたぶん死ぬからやめましょう!S崎と二人で必死の説得、必死の嘆願。ようやく折れた隊長、一泊5000円の素泊まりに賛同していただいた。

  5000円の義務を果たした3人に門が開かれた!(つまりは素泊まり5000円ってことね)風情のある内装、温かい光を燈す裸電球、ストーブの上で湯気を立てるやかん。外の風雨は叩きつけるように強い、が、小屋がビリビリと音をたてつつも僕らを守ってくれる。ありがたやありがたや。

  この日、登山客は俺たちだけかと思っていたら、19時頃4人の中年パーティが小屋に入ってきた。外は寒く真っ暗だ。道が見えていたのか信じ難い。日没後の歩行は御法度だが、そのガッツには敬意を表したい。しかも、俺らが雨具をずぶ濡れにしていたというのに、彼らはコンビニのビニールポンチョでほとんど濡れていない。疲れた様子もない。猛者だ。また昼の炊事時にテーブルを隣り合わせていた中年男性の角田さん。お話する中で、実は昨日の道中で一度会っていたことが判明♪雨の中、同じように上まで登ってきた人々とはやはり通じ合うところがあり、彼らとの交流にも心癒されるものがあった。雨は降ったが、今回初登山のオレとしては、ここまで、大小の感動の連続であったと言い切れる。

8月18日 第三日目。

  起床5時。昨日到着してから明け方まで叩きつけるような暴風雨だった。靴や雨具はまだ全然乾いていない。登山部あがりの二人は速乾生地なるものを使った服を用意していて、乾いて袖に手を通していた。ちきしょー。朝食後、山小屋の皆と記念撮影をして7時前出発。出発時は霧だったが、程なく強い風雨となる。

 1時間ほどで槍肩に到着。小屋でトイレを済ませ、メットとハーネスを装着(マジだ!?)し、いよいよ頂上へのアタックだ。晴れていれば言葉を失う絶景のはずだが、何も見えない。それだけに目の前にそそり立つ槍が、霧の背景の中で余計に険しさを際立たせているように感じられた。これから登る岩場を眺めてみる。霧の粒子が、岩肌をすごいスピードで滑っていくのが分かる。岩肌は濡れて滑りやすく、身体を持っていかれそうな強風!滑落したとしても眼下は濃霧でよく見えない、が助からないことは間違いない。また絶壁だったり、足場が少ししかなかったりと、こうした視覚的な恐怖が余計にプレッシャーを与えて体を縮こませる。しかし、じっとしていると、寒さで硬直し、本当に動けなくなるので歩を止めるわけにはいかない。そんな中、S崎は途中断念、ここまで着たら無理してでも頂上に行きたいと思うのが若者の性、勇断という他はない。残る二人で頂上を目指す。痩せ身で標準体重も満たしていないオレだが、このときばかりは自分は筋骨たくましいフリークライマーだと思い込んでいた。自分の中で何かヒーローになりきらないと、この強行軍には耐えられなかった。風の止むタイミングを狙い、一歩一歩、確実に四肢を動かす。そして視界に広がる狭い平地、風雨の中、ゴールの槍先にたどり着いた。オレとサカワの他、この日登頂出来たのは、一人、計3人だけだった。小屋に戻ると、頂上を極めた興奮であれこれとしゃべりまくっていた。

  下りは強風がとにかくすごく、前に進めないほどだった。風や浮き石で2回転倒し、右の手首を打ち身した。サカワは17キロの重装で靴ズレを起こしていた。もう俺たちはここを去る人間だというのに、自然はかくも厳しいものなのか…。と思っていた矢先、3羽のライチョウが不意にひょっこりと現れた。あまり逃げようとしない、なんと愛しい鳥たちか。しかし、隊長がまたなかなかの残酷者で「フォフォフォ、石を投げつけてやる!」などと言い出すので、S崎と二人「ダメダメダメダメ!!!」と制止する始末だった。また自然の怒りに触れるやもしれぬ。小屋で知り合った角田さんや大阪から来た猛者4人とも追いつき追いつかれで途中何度か会うことができた。

  舗装路に入ると歩行速度も相当に上がり、下山後の温泉の時間を確保することが出来た。新穂高温泉に到着。嬉しいことに無料である。二日間雨に打たれ続けた後の温泉の気持ちよさは言葉では表現できない。風呂を出てからサカワのリュックを手渡してやろうと手を掛けたが、自分のより格段に重く、持ち上げられない。この荷物を背負って歩いていた隊長に敬意を表したい。夕方、帰りのバスからようやく晴れた美しい空が見えた。また来よう。

8月19日 登山翌日。

  筋肉痛。予想してたより少し痛い。現像した写真を眺め、微笑む。下山後の温泉でおじさんに撮ってもらった一枚。浴室で3人並んでとってもいい顔で写っているのに、サカワの大事な部分が写ってしまっていた。苦笑。

おしまい

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