走っている間に考えたこと

〜2000年 サークル旅行記 河口湖編〜


  いつかは走ってみようと思っていたフルマラソンだが、こんなに早くその機会が訪れようとは・・・。初マラソンの舞台に選んだのは富士山の麓。早大陸上競技同好会(以下陸同と略)のメンバーとともに、東日本最大の市民マラソンと言われる河口湖マラソンにエントリーした。

  11月25日、前日から現地入り。車で行きたいところだが、帰りの疲れ具合を考慮して、新宿から高速バス。2時間ほど揺られて、着いた場所は河口湖駅前のロータリー。すぐに送迎バスが迎えに来てくれて、毎年陸同がお世話になっているホテル水明荘に到着。河口湖を見下ろせる山の斜面にある、立派なホテルだった。とにかく安い宿を想像していたので、これには驚いた。っていうか事前にもっと情報を教えて欲しかった。のんびりしたいところだが、今回は温泉旅行ではなく、マラソンがメイン。すぐに着替えて、前日の受付を済ませに青木さん、森崎さんとともに3人で湖畔へと向かった。

  大会会場となっているのは河口湖畔の市営駐車場。テントが立ち並び、スポンサーの出店、宣伝等、それに受付を済ませにきた選手と大会関係者でにぎわっていた。メーカーの試供品等、もらえるものをもらって、近くのレストランで行われていたパスタカーボローディングパーティーに参加した。その時の様子を、森崎さんによるハードボイルドな短編『ふみえちゃん』よりどうぞ。ちなみにふみえちゃんはシェイプアップガールズの一人だそうです。

  夕暮れ近づく、とある湖畔のレストラン。2階。そこではパーティーが行われていた!青木警視総監は現場で指揮し、張り込んでいた。いったいそこではどのようなパーティーが行われているのか?と隣の民宿からうかがっていた。PM4:30。そのレストランに続々と人の波が押し寄せた。「総監!ついに動きましたね!」と薄井警部補が叫んだ。「まだだよ。薄井君」と青木警視総監は落ち着き払った様子で窓の外のレストランから目を離さずに答えた。人の波は絶えない。20歳前半から60歳ぐらいまでの男女がぞろぞろと入って行く。PM5:00。ジェ・・ジェ・・潜入捜査官森崎より無線連絡が入る。「こちらカマーメシーこちらカマーメシーどうぞ」 「こちら本部、状況を報告しろ。どうぞ」 「現在、200から300人ほどの人間がひとつのフロアに入っています。キャパは500前後と思われます」 「もっと詳しい状況が知りたい。どうぞ」 「どうやら、ジャージ姿でパーティーは行われるようです」。本部はどよめきだった。「ジャージ姿だって?こりゃ捜査は振り出しかも知れんぞっ!」。青木警視総監はマルボロを1本取り出し、火をつけながら呟いた。PM5:10。ジェ・・・ジェ・・・。「こちらカマーメシーこちらカマーメシー」 「どうした?何か動きがあったか?」 「もう400人近く入っていると思います。でも、これから何かが始まるとは思えませ・・ジェ・・ジェ・・・・・・」 「カマーメシー応答せよ!!カマーメシー応答せよ!!」 「総監!!大変です!カマーメシーの応答がありません!!」。青木総監は座っていた椅子から立ち上がり、「突入!!」と声を荒げた。PM5:15。レストラン2階。「ふみえちゃーん!ふみえちゃーん!レッツゴーゴーふみえちゃーん!!」。500人近くの大合唱!「今日はみんな、ふみえに会いにきてくれて、ありがとうー!ふみえ、めちゃくちゃうれしいー」。ウオオォーーオオオーーーー場内に地響き。そこへ「全員動くな!!確保する」青木総監の一喝。一瞬の静寂。はりつめた緊張。と、そのフロアのテーブルには、注射器ではなく、スパゲッティー。しかもミートソースばかり。「これは一体?」薄井警部補が囁いた。ふと見るとコードネーム・カマーメシーこと森崎が口の周りを真っ赤にさせながら、ミートソースを食べていた。「森崎捜査官なにやってるんですか?」と薄井警部補が尋ね、「任務は?」と青木警視総監が問いただした。「えっ?ああ。このパーティーはカーボローディングパーティーだったんですよ!だから、先輩も食べていったらいいじゃないですか。おいしいっすよ」。3人はミートソースをたらふく食べ、また新たな事件に向かった。(by森崎さん)

  パーティー後は、夕食前に軽く走ったが、腹が減るはずもない。にもかかわらず、夕食も大量に食べた。エネルギーは多いに越したことはないと思ったから、とにかく腹にいっぱい入れたのである。夕食後、部屋に戻るとそのままふとんを用意。やはりレース前日は早寝が基本。レースのスタート時間は午前8時30分。3時間前には起きていたいということで、起床予定時刻は午前5時。夜早くに眠れるとは思っていなかったが、なぜか眠気に襲われ、夜9時過ぎには、みんなも寝始めていた。

  11月26日、朝5時起床。窓からは見えるはずの湖がガスに包まれて見えない。しかも、めちゃ寒い。こんな中を走るのかと思うと、気分が沈んでしまう。しかし、同時にレースのときが近づいてくる喜びで、気持ちは自然と高揚していった。当日参加の人たちも現れ、陸同の参加選手は12人になった。上位入賞、サブスリー(3時間以内)、完走。目標は人それぞれだが、これだけ人数がいると心強かった。レースのスタート時間が近づくにつれて、気温も上がり、ガスも晴れてきた。スタート30分前に選手は整列。約8000人の参加者がコースを埋め尽くした。

〜走っている間に考えたこと〜

  8時30分、スタートの号砲が鳴った。みんな一斉にストップウォッチをスタートさせる。でも、まだ走り出せない。比較的前の方にいるはずだが、なかなか進まない。ゆっくり歩き出すか。8000人もいるんじゃ、しばらくは渋滞だろう。スタートライン通過まで4分以上かかった。そろそろ走り出すか。スタートからまだ5分も経ってないのに、もうトイレに行く人がいる。もったいない気もするが、まだ先は長い。のんびりしていてくれ。

  1キロ通過。湖畔からいったん離れるコースの沿道で、有森裕子(言わずと知れたバルセロナ、アトランタ五輪の銀、銅メダリスト)と伊藤高史(大陸縦断ヒッチハイク、元パンヤオ)が選手に声援を送っているのを発見。ちょうどコースの右端を走っていた私は、手を差し出して応援してくれている有森選手とハイタッチ。超一流ランナーの声援は特にうれしかった。まだレースは始まったばかり、そろそろまともに走るか。混雑するコースの端を、他の選手とぶつからないようにマイペースで走る。正面には富士山が見える、なかなかよい景色だ。序盤、コース唯一の折り返しがあり、先を行く選手とすれ違う。陸同のメンバーを捜していると、先頭から15,6番手に1人、いいペースで走っている。その30人ほど後方にももう1人。残念ながら2人しか見つからなかった。

  5キロ手前。太陽を背に走っていると、体の後ろ反面に塗ったサロメチールが熱くなってきた。筋肉疲労と寒さ防止のはずが、体にジリジリと鬱陶しい暑さを感じる。やな感じだ。でも、それどころじゃなくなってきた。5キロ過ぎたあたりから、トイレに行きたくなってきた。しばらく我慢したが、まだ先は長い。しかたなく一時コースから離れる。やっとペースが上がってきたのに失敗した。また団体さんを抜いて行かなくてはならない。まあ長いんだし、あえて抜く必要はないのだが・・・。7キロ付近。再び湖畔に戻ってきたコースは、ファンラン(7.1キロ)の部のゴールを横目に、ついに河口湖周回コースへ。スタート地点や大会会場、土産物店の並ぶ道を走る。陸同の応援にまわってくれた2人にも声援を受け、いいペースになってきた。9キロ手前、最初の給水所があったが大混雑。走りながらの給水は無理そうなので通過した。このまま様子を見よう。

  見たいところに距離表示がない。ペースが把握できない。すでに歩き出す人、どんどん落ちてくる人。逆に上がっていく人など、まわりに人間が多すぎる。自分のペースがわからない不安があった。河口湖大橋を通過、夏に来た猿回し劇場の前も通った。13キロ手前、再び給水所。混雑は変わらず、無視して通過。時計を見るとまあまあのペース。ここからいわゆる「橋の向こう」側になるわけだが、河口湖の形はどんなだったか。「橋の向こう」は長いとみんな言っていたし・・・。この辺りからは湖の向こうに富士山が見える、良い景色だった。天気も快晴、寒さも全くなかった。町中からは外れていたが、沿道には応援してくれる人が多かった。お菓子やドリンクを用意してくれている人もいた。

  まだ足に余裕があるうちに15キロ地点を通過。この辺は民家も少なく、応援の人も少ない。3つ目の給水所。あいかわらず混んでいたが、これ以上は水分を摂らないのはヤバイ。ほとんど歩くように近寄って、紙コップを手にする。のんびりしている人ははっきり言って邪魔だった。給水所から離れるのに歩いてのんびりしている人とぶつかって水が足にかかった。足が冷えたらどうするんだ。まったく・・・。水と言っているが、実はザバスというスポーツドリンク。エネルギー補給用のザバスのタブもいっぱい置いてあった。

  20キロを超えて、だんだんと未知の領域が近づいてくる。押さえ気味にここまで来たつもりだったから。足にもまだ余裕があるはず。しかし、実際は違った。中間地点を通過して時計を見ると100分が経過したところだった。このままのペースで行けば3時間半は切れる。しかし、2週間前の横浜ハーフマラソンで、マラソンを想定したペースで走ったタイムは110分弱。ちょっとどころか、かなり速すぎる。今さらペースを落としても、落ちたら最後。一度落としたスピードは絶対に戻らない。このまま行けるところまで行くしかない。

  4つ目の給水所を再び無視してしばらく走ると、やっと河口湖大橋が見えてきた。1周目がそろそろ終わる。後ろから白バイが何やら放送しながら走ってくる。「先頭の選手が来ます。道を空けて下さい」。なに〜?!もう先頭はここまで来たのか。時間的には2時間ちょっと。確かに速い人なら、っていうか一流ランナーならもうゴールしてもおかしくない時間である。トップはS&Bの選手だった。2時間以上走っているとは思えないスピードだ。前の方に付けていた陸同のみんなは今どの辺かなぁ。ゴール地点が近くなってくると沿道の応援も増えた。「早稲田がんばれ〜!」とか「早大ファイト!」などの声援がうれしい。えんじ色のユニホームを着て、大観衆のなかを疾走する。沿道から声援を浴びながら・・・。幼き日に見た夢が、状況は違えど重なって見える。まだランナーとして、スプリンターとして、終われない。このマラソンを完走して、未来に夢をつなげるんだ。自分のなかで何かあついものを感じた。

  2周目に突入、湖畔の土産物店が並ぶなかを大勢のランナーとともに走っている。周回遅れにされたのは先頭の1人だけか。ゴール地点ではにぎやかにアナウンスされているのが聞こえる。こっちはまだもう1周しなくてはならんというのに。ハーフマラソンでも中間地点を過ぎる頃には周りに人が少なくなってくるのに、フルマラソンで25キロ過ぎても、周りにはかなりの人数のランナーがいる。参加人数が8000人もいれば、河口湖1周、どこにでもランナーがいることになるのか。周りの人間は自分のペースを守りきった人間か。こっちは足の回転が鈍くなってきたというのに、多くのランナーがゆっくりだが確実にかわしていく。2周目1つ目の給水所。もう給水しないわけにはいかない。水分というよりは、他の必要とされるエネルギーを少しでも補給しなくては・・・。

  陸連登録者のゼッケンを付けた明大の選手が2人揃って歩いている。それだけじゃない。もうすでにそこら中に歩いている人がいる。時計を見ると明らかにペースが落ちてきているのがわかる。もう3時間半どころじゃなかった。足が重くなってきた。左足の付け根が痛む。左膝にも微妙に痛みが感じられる。歩いたら最後、多分もう走れなくなる。27,8キロあたりからは、ずっとこんな感じだ。2つ目の給水所。今度は給水とともに、手にいっぱいタブをつかみ取る。なんとか走っている状態で、とにかくエネルギーを補給しまくる。沿道でお菓子を用意してくれている人からもありがたく頂く。チョコレートがおいしかった。こうなったら、とにかく栄養補給をして肉体の回復に期待するとしよう。

  選手を誘導する人が、「このままのペースで行けば4時間前半でゴールできます」と声を張り上げている。30キロ通過からしばらくして、ほぼ3時間が経った。他の人ならともかく私のペースならまだ3時間台でゴール出来る。目標は変更を余儀なくされたが、それでも、まだ次の目標に狙いを定め直す。最後の力を振り絞って走り続ける。が、それも2キロくらいしか保たなかった。「歩いたら終わり」と思っていたが、歩くしかなかった。もう足が言うことを利かない。歩いて足が回復するのを待つ。ただ歩くんじゃない。競歩みたいにして、他の人よりは速く歩くんだ。「再び走る出すために」歩いているんだ。長い距離を走っていて、途中で歩いたのは、おそらく初めてのこと。思いつく限りでは長距離でも途中で歩いたということはなかったはずだ。すごく悔しい。でも、これが未知の距離であり、マラソンという超長距離なんだと思った。ちょっと歩いては再び走り出すのを何度か繰り返しながら、それでも走る時間の方を長くしながらねばった。

  2周目3つ目の給水所。限界に近づいている人、すでに力尽きそうな人がいっぱいたまっている。このすぐ後に35キロを通過。時間は3時間半。元気な状態なら7キロちょっとを30分は余裕で走れるタイムである。が、マラソンのラスト7キロちょっとはわけが違う。どうする?自分に問いかける。「可能性がある限り」挑戦する。もう足は動かない。でも、少なくとも止まるわけにはいかない。走れなくてもいい。とにかく前に進み続けるんだ。悔し涙も、感動の涙も、愚痴も文句も、全てはゴールしてからだ。

  残り5キロ。走るより歩く時間の方が長くなってきた。ずっとレースのことや陸上のことばかり考えて走ってきたけれど、この辺から考えることが変わってきた。将来の進路や、好きな人のこと、大学のことやパラグライダーのこと。これまでにあった様々な出来事やこれからやろうとすること。肉体は疲れたという領域を越えている。足の痛みも感じられない。動いていることも感じられない。ただゴールに向かっていることだけは確かだった。最後の給水所でも決して止まることなく、ザバスとタブを手に取る。完全にここで走れなくなった。とにかく歩いてゴールを目指す。時計は4時間を経過。1キロあたり8分くらいで歩くのが精一杯だった。「早稲田がんばれ」。この声援が私を突き動かす。陸同のみんなはもうとっくにゴールしてるんだろうなあ。

  3時間半も4時間以内もだめ。それなら制限時間(5時間)内完走だ。とにかく少しでも速いタイムで完走する。あと1キロを切ってから、今さらながら動き出してくれた足で再度走り出す。もうすぐゴールであることを沿道の人からも、走り終えて戻ってくる人からも、声援として投げかけられる。これほど完走することに意味があると思ったことはなかったかもしれない。それでも最後は1人でも多く抜いてフィニッシュラインを通過。4時間20分かかったが、なんとか完走した。何を考えていたか、もうほとんど憶えていない。ただ走る人、一人ひとりにそれぞれのドラマがあることを実感した。ゴール直後、陸同のメンバーに迎えられ、「完走おめでとう」と手を差し伸べられた。陸同全員完走、その最後の1人としてゴールしたこと。スプリンターでありながら、マラソンという最も距離の長い種目で完走したこと。これらの達成感が、疲れた体に満ちあふれる。自然と、心から「ありがとう」と、みんなと固い握手を交わすことが出来た。

  サブスリー(3時間以内)が5人、3時間〜3時間半が5人、4時間20分が2人、という結果に終わった今回の河口湖マラソン。目標は人それぞれ。その思いも人それぞれ。そして、みんなゴールに向かって明日も走るのかな?

おしまい

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