あの日の私を追いかける42.195km

〜2001年 サークル旅行記 河口湖編2〜


走ることは 好きですか
走ることは あなたにとって 何ですか
いくら考えても 答えは出ない
多くの仲間がいる 多くの夢がある
きっと そこに 自分の居場所がある

  今年もやって来た河口湖。フルマラソンをまた走ることになろうとは思いもしなかった。早大同好会のメンバーは去年よりも多い人数が参加。「あなたにとって走ることは?」。その答えはきっとここにある。

  24日、新宿に集合。見送りの人たちも来てくれて、今年は30人ほどの団体で河口湖へ。高速バスに揺られること2時間弱。1年ぶりに訪れる河口湖と水明荘は、昨年の初マラソンを思い出させる。到着後はレースの受付のために、みんなで湖畔の会場へと行く。スポンサーや協賛各社のブースがならび、前日から人でにぎわっている。さすがは大きな大会だけある。そう、この河口湖マラソンは日本有数の大きな大会。ゲストには片山右京(カーレーサー)と土佐礼子(世界陸上銀メダリスト)が来ており、かなりの盛り上がりを見せている。受付終了後は各自勝手にうろついた。去年参加した前夜祭のパーティーには、今年は時間の都合で参加しそこなった。軽く走って、温泉に浸かって、夕食。夜には湖から花火も上がり、ホテルの窓からきれいな夜景を眺めていた。

  さてさて、練習不足の今大会。作戦はいかに。燃料切れにならないように、とにかく食べて、エネルギーをフルに貯めておく。ハードな練習からずっと離れていたせいか、体はなんかいつになくラクな気がした。練習を再開したのが10日前。多く見ても走った距離は50q弱。これでマラソンを完走しようなんてなめてるか。いや、そんなことはない。もう寝て起きたらレース。泣いても笑ってもスタートしたら走るしかない。ああ、不安だ。

  食後の自由時間。レース前日の夜、みんな思い思いに過ごしている。私はというと、落ち着かない。いつもは準備万端でむかえる大会も、今回はいきなり参加することが決まったようなもの。練習不足の不安もあるが、それ以上にのしかかるプレッシャー。このレースにかけているのはみんなも同じ。ただ、いろいろと思うところがあるのは何人くらいだ?散歩に出た湖を見下ろす夜道で、ふと考えてしまう。なんとなくかけた電話。「走ってる間、何考えてんの?妄想してれば?」っていつもの声が聞こえる。なんでもないやりとりと「がんばってね」の一言がなんかうれしい。

  25日、5時起床。ちょっと遅めかもしれないが、たっぷりと休んだ。そこら中で携帯の目覚ましメロディーが流れる。睡眠時間に関係なく、こんな時間に起きれば眠い。朝食は大量に食べる。食べ過ぎた。苦しい。みんなの表情が旅行気分から、だんだんいつものレースモードに変わってゆく。私は直前まで横になっていた。7時、いざ出陣。それぞれの思いを胸に、早大陸同メンバーはホテルをあとにした。

〜あの日の私を追いかける42.195km〜

  スタート30分前。アップもそこそこにひたすら体をリラックスさせる。陸連登録者は優先的に前に並べる。開会セレモニーで、ゲストの片山右京と土佐礼子が軽くあいさつ。あの右京に会えてちょっと感激。それにしても寒い。う〜緊張してきた。短距離とは違う緊張感。専門種目ではないとはいえ、レースにかけているものはある。絶対に走るのを止めない。あの日の私を超えたい。そして、走ることは自分にとって何なのか。自分なりの答えを見つけたい。

  スタート5分前。心臓の鼓動がおさまらない。ウィンブレを脱ぐ。アクシデント発生。下が脱げない・・・。焦った。靴ひもは堅く結んでしまい、ほどけない。やばい。焦る。時計を見る。落ち着け落ち着け。あと3分。靴を脱いではき直す時間はない。後輩にも脱ぐのを手伝ってもらう。「スタートまでに脱げればいいから、なんとかしてもらえる?」と冷静を装って声をかける。あと1分。後輩が頑張ってくれた。なんとか脱げた。ふぅ、ひと安心。立ち上がって深呼吸。このアクシデントのおかげで、冷静になれた。スタートまでのカウントダウン。自然と鼓動がおさまる。8時30分、スタート。

  スタートラインまで10秒。いい位置から出られた。スタートと同時にどんどん選手が走り抜けていく。私は・・・ペースを超おさえる。行きたい気持ちをおさえて、みんなが抜いていくのを我慢して、遅くすら感じるスピードで自分のリズムを刻む。前の方にいたこともあるが、明らかに他の人より遅い。遅すぎないか、不安もあるが、レースは長丁場。あとでどうにでもなる。練習不足なんだから、謙虚に行け。3kmほどの折り返しでみんなを探す。陸同の主力メンバーはやはり前の方にいる。女の子たちは・・・後方で楽しそうに話ながら走っている。まだまだ人が多い。

  距離表示のある5kmまで行かないとペースがわからん。明らかに周りより遅い。どうせこいつらの9割はあとで落ちてくる。自分のペースを信じろ。でも、このペースはどうなんだ?もっと速く走りたいが、走り切るためにもここは我慢。足がどこまで保つのか。どこまででも保たせるつもりだが。5km地点。時計は25分ちょっと。いいペースで来ている。このままこのまま。行きたい気持ちを抑える。

  いまだに抜いていく人がいるが、もう気にならなくなった。どうせあとで抜くから。スタート地点付近に戻ってくると「陸同ファイトー!」と声がかかる。視線を合わせ、それに応える。体は軽い。ちょうど温まってきた頃か。8km、最初の給水所。燃料切れを防ぐために最初からドリンク(ザバス)と栄養タブ(ザバス)を摂る。この給水と給食があとで役に立つはず。人もそれほど混雑してなくて、ほとんど走りながら取れた。やっとペースが落ち着いてきたか。

  10km通過、50分ちょっと。見事なイーブンペースに驚いた。全体の4分の1を走って、この感じ。なかなかいいんじゃない?ただ足に少しだけ疲れを感じる。まあ問題はない。ここからは昨日電話で話したように妄想でもしてるかな。普通に頭を働かせていたら、遅めのペースにたえられないからなあ。2時間30分は我慢の走りで行く。自分に言い聞かせる。で、妄想にふける。

  これほど集中しないで走れるレースもないよな。いろいろ妄想を膨らませてしまった。でも途中の給水所では、必ず給水と給食を欠かさない。15km地点、1時間16分。信じられない。イーブンペースで刻む走りなんて、今までしたことないのに。何か無意識の方がいいみたい。全然レースと関係ないことを考える。こうなったらいいな〜、とか、こうしたいな〜、とか。好き勝手にいろいろ考える。楽しい想像ばっかりしてたら、気がつくと距離が進んでいる。20km通過は1時間43分。中間地点で1時間50分。半分まで来て、足はまだ動いている。ペースをおさえている感じがするが、まだ我慢。2時間30分まではおさえなくては・・・。

  河口湖1周目終わり。再びスタート地点を通過。みんなは走れているのだろうか?他のメンバーの状況も気になる。自分のレースをあまり気にしないで走っているから、余計なところに気が向いてしまう。周りの人はもうどんどん落ち始めている。ペースは変わらないが、いつの間にか抜くだけになっている。25km、2時間10分。苦しくなってきたか?どうだろ?距離に対してこの疲れ具合がどうか、いまいちわからん。1km5〜6分くらいのペースが続いている。

  あと20分我慢したらおさえなくて済む。腹にたまっていた食べ物もいい具合に消費してきて、体が徐々に軽くなってきたようにも感じる。練習量なんてもう関係ない。いったいどこまで行ける?妄想にふけっていた頭がだんだんとレースに引き込まれていく。徹底した作戦がここまでは上手くいっている。エネルギー切れの心配は多分ない。ペースもいい感じで来られた。2時間30分が経過。走り自体が変わるわけではないが、気持ちをここで切り替える。30kmまで行っておきたかったが、届かなかったか。疲れがたまり始めているのは確かだが、でも足はまだ動く。届かなかった分だけ体力が残っていると思えばいいか。そして30km通過。2時間37分。

  30kmまでがあの日の私の限界だった。走るのをやめ、歩き始めた場所は忘れない。今年は違う。同じ場所を走って通過。もういつ練習不足のつけが来てもおかしくはない。せめて35kmまでは押し切る。明らかに重くなっている足にそう伝える。おさえているという感覚がなくなり、ペースはどう変わったか。上がることはないだろう。ただ落ちるのを防ぐかもしれない。落ちてくる人や歩いている人が、ずっとあの日の自分に重なって見える。景色を見ると、見覚えのある道に、遠く湖の向こうには富士山。まさかこの道をまたマラソンで走ることになろうとは思わなかった。

  きつ〜い。ちょっとボーッとするとペースが落ちるらしい。余計なことを考えている場合ではないか。楽しい妄想にふけるのもここまで。30kmからの5kmは長かった。なんとか35kmまで走り、3時間4分。あと7.195km。元気でも26分では走れない。3時間半は無理だったか。どれくらいで行く?このままなら4時間はほぼ間違いなく切れる。サブフォーか。まあいいんじゃない?でも、できる限りいい記録をたたき出す。あと7kmの看板が見えるまでに、気持ちの整理をつける。

  いろいろ考えることはあっただろうに、ここまでレースのほとんどを妄想にふけってしまった。ふと気がつくと、もう残された距離はこれだけ。長かったけど早かったなあ。なんかここまでのレースも妄想のなかの出来事だったみたい。自分にとって走ることって何なのかな。答えは見つかったのか?わからんが、それは多分レースが終わればわかるんじゃないかな。ここからは、そう、ラストはやっぱり勝負でしょ。自分との、自分の理想との、夢とのマッチレース。周りの人には未だにあの日の自分が重なって見える。振り切りたい。そして勝ちたい。あと7kmの看板を通過した。絶対に走るのを止めない。ここから先、今までの陸上人生で最高の地獄を味わったとしても絶対に走り続ける。かけるプライドなんかもうとっくにない。意地なんて言葉もない。夢も希望も見失った。それなら、なくしたものを取り戻すまで。あの日の自分なんかには絶対に負けねえ。

  陸上から身を引くと言ったのがひと月前。マラソンの10日前になって練習を再開。そして今日に至った。よくここまで走ってこられたよ。このレースも、今までの陸上人生も。楽しいときも苦しいときも、嬉しいときもつらいときもいっぱいあった。思い出に残るシーンなんていくらでもある。ここから先のラスト7kmもきっとその中に入るんだろうなあ。

  足はすごく重い。感覚もない。思うように動かなくなってきた。苦しい。でも肉体的なつらさなんて精神的なつらさに比べればなんでもない。これが私の体を突き動かす原動力。誰かに泣きついたほどのつらさを抱えて、なお前に進みたい。陸上を通して得たもの。それをここで証明したい。

  あと5kmを通過、3時間18分。この2kmは長かった。自分の中でいろいろ考えた。努力や練習は嫌い。才能も根性もない。唯一、誰にも負けないと言えるもの。どこまでも走らせるのは、勝利への執念。陸上人生のラスト5km。もう後ろは見ない。最後の給水所でもエネルギーを補給。コップを投げ捨て、最後の勝負。心のなかでいつものポーズをきめる。あと4km。「早稲田がんばれ!」。たとえ、えんじ色のユニホームじゃなくても、沿道の応援は変わらない。疲労はあるが、スピードはまだ落ちていない。1km6分くらいでなんとか走れている。

  走りきれるか?足はもうとっくに限界。このペースを維持できるか。肉体的には当然のことながら、精神力も限界か。練習の成果、努力、根性、才能、勝利への執念。何もかも使い果たした。あと3km、何か力になるものは?自分に問いかける。こんなときに力になるものは?景色がぼやける。今までのあらゆるレースが思い出される。・・・あった。これだ。やっぱり最後に行きついたのはこれだった。絶対に負けられない。不思議な力がラスト3kmを走らせる。

  あとたったの3km。最後のラン。前に一人でもいるかぎり抜き続ける。少しでも上へ。距離が減るのはあっという間だった。ゴールが見えてきた。夢見たあのゴールに重なって見える。フィニッシュラインを通過。先にゴールした仲間からあたたかい声がかかる。その場に崩れ落ち、時計を見る。手元の時計で3時間46分。大幅に自己記録更新。死ぬほど苦しかったけど、最後の5kmは最高に楽しかった。誰かの言葉じゃないが、「あっという間の42.195kmだった」。これまで陸上にかけた時間に比べれば、確かにその通りだと思った。

  勝利への執念が足を突き動かした。夢が後ろから押してくれた。最後に引っ張ってくれたのは大好きな人のなんでもないひと言。やっぱり愛の力でしょ?なんてね。気がついたら、あの日の私はいつの間にか見えなくなっていた。過去の自分を超えた証拠でもある、自己新記録。平凡な記録だし、当たり前の結果だったのかもしれない。でも、私にとってはなくしたものを取り戻した、とても価値のある、そして決して忘れられないレースだった。

  レース後は豚汁のサービスと、みんなで記念写真。陸同最後のランナーが制限時間ぎりぎりで駆け込んできたのは感動的だった。30人全員完走。これもすごい。サブスリーが何人もいる。マメがつぶれた足で完走した人もいる。短距離選手でありながら、完走した人もいる。サポートしてくれたメンバーにも感謝。やっぱり早大陸同は最高のチーム。そんな雰囲気がゴール後の河口湖の湖畔に漂っていた。

  「もう絶対マラソンなんて走らない」。去年もこんなこと言ってたのに、結局走ってしまった。ってことはまた1年経ったら走ってしまう?う〜ん、どうだろ。ま、そのときはそのときということで。みんな、42.195kmの旅の果てに、思い思いの答えを見つけたのではないだろうか。「走ることは好きですか?」。好きです。自分の居場所は走っているときに見つかった。きっとここが、私が最も輝ける場所。陸上は、まぎれもなく私にとって最高の舞台だった。これからも、そうかな?

駆け抜けた果てに 見つけた答えは 人それぞれ
何が正しいか 何が間違いかなんてない
気がつけば 今日も 走り出していた
あの日の 私を追いかける42.195km
自分らしくいるかぎり 旅はまだ終わらない

おしまい

inserted by FC2 system