ロングジャンプ、ファイナル

〜2001年 区民体育大会〜

早大陸上競技同好会 うっちゃん

  2001年10月21日。ときどき晴れ間が見られるものの、曇り気味で朝は寒かった。舞台は夢の島陸上競技場。ここでやるのは、昨年のこの大会以来、2度目。優勝を目前で逃したあの日は今でも鮮明に覚えている。

  気分が乗っていたかどうか。今シーズン、まともな記録がないまま迎えた最終戦。「今年こそは優勝を」という思いと、「これからどうしよう」という不安。陸上競技に、それなりにとはいえ、専念していられる時間は、これからはもうないような気がする。「どうする?」と漠然とした疑問が付きまとう毎日に、心身ともに疲れきっていた。

  朝8時半、会場入り。エントリーした100mは10時20分スタート。それに合わせてアップをはじめる。メンタル面、フィジカル面ともに万全とは言えないが、大会当日になってどうこう言ってもしょうがない。トラックを踏みしめるように、いつもより長めに走り、体をあたためる。時間が迫り、100mの選手を召集するアナウンスが流れる。

  最後まで迷ったが、10時40分からの走幅跳びに集中したかった。中学生のころ、陸上の大会に初めて出た競技が走幅跳び。走幅跳びに始まり、走幅跳びに終わる。100mの棄権を告げたとき、この大会を最後に短距離種目から、記録をめざす陸上競技から身を引くことを決めた。次々に100mスタートの号砲がなる中、走幅跳びにむけて集中力を高めていく。慣れ親しんだトラックを踏みしめながら。

  理屈抜きに、自分らしく、勝負と陸上を、そして記録をねらうことを楽しみたかった。幅跳びの足合わせの練習中も、トラックに居続けた。勝利の女神は誰に微笑む?

  ジャンプの順番は6番目。3番目の人が飛んだ瞬間、観客がざわめく。好記録がたたき出されたのは、遠目ながらも明らかだった。続く4番目の選手も他選手とはレベルが違うジャンプだった。目の前で見せつけられ、少なからず動揺する。いつもどおりの助走位置に立つが、鼓動はおさまらない。1本目、ファール。

  全員の1回目のジャンプが終わるまでの間に肩の力を抜いて、なんとかリラックスできるように努力する。むかえた2本目。まだあと1本はある。勝負か。でも、ここでファールなら追いこまれる。どうする?わずかに助走位置を調整しながら、GOサインを待つ。脈拍はおさまらない。幅跳びでこんなに緊張したことがあっただろうか。

  予選を通過しないことには話にならない。まずは予選通過を確実にするため、そして何より肩の力を抜くために、足を合わせるのに集中する。リズムよく歩数を刻み、踏み切り板に合わせる。空中の姿勢こそバランスを崩したが、まあ予選は通過できそうな記録を、まずは残す。

  3本目。まわりが見えてきた。風はフォロー。鼓動がおさまる。行くならここだ。勝負。踏み切りのズレはわずか。最後の数歩で合わせる。踏み切り板を蹴りつける音が鈍く響く。地面を蹴った反動は確かに感じられた。1秒に満たないジャンプ中に、体にしみこんだフォームの全てを体現する。砂が飛び散る。後方で揚がった旗は白。一気に上位に食い込む記録をたたき出した。

  ここで予選が終了。上位8人による決勝は、試技がここまでの記録の下位順に変わる。ジャンプの順番は6番目。暫定3位。だが、前後の人とは僅差。油断はできない。空気が張りつめていくのが、肌で感じられる。4本目。ここからは誰もが、より上を狙うために攻めてくる。ベストを尽くして。

  いつもの助走位置から2歩下がる。自己ベストを出すためには、もっとスピードにのらなくては。かつて自己記録を出したときの位置をあえて変える。より上をめざしたいから。予選の緊張が嘘のように落ち着く。最後の3本をめいいっぱい楽しみたい。優勝もいいが、何よりも記録を、そして、陸上に生きた証を残したい。

  リズムに乗った助走はスピードを増す。跳んだ。いったか?

  ファール。あとの人もファールが続く。順位に変動なし。暫定1位の人は正直、次元が違う。自己記録を大幅に更新しない限り勝てない。でも、狙いたい。その気持ちが結果につながるから。それが楽しいから。

  5本目、半ば順位は決まってきた。暫定4位の人に迫られてはいるが、決して後ろは見ない。みんなの気迫が伝わってくる。ファールも増えたが、ここにきて記録をのばす者もいる。さっきと変わらない位置から行く。踏み切った。

  ・・・ファール。「あと1センチ、ほんのちょっとなんだけどなあ」と審判員からも声がかかる。

  最後の1本。32.3m。最も多く跳んだ助走位置にマークをつけなおす。勝負か、記録か。最後の1本、今までの様々な場面が思い出される。たっぷりと時間をかける。前の人が終わって3位以内が確定。そして、助走路に入る。マークから4歩下がり、36.4mの位置に立つ。これまで陸上を続けられたことに感謝する。

  陸上に生きたこれまでの日々が宝物そのものだった。そう言えるくらい、陸上を好きになれた。本当に最後の1本。決まってる。自分らしく、すべての思いを込めて走り、跳んだ。踏み切りの音が響く。

  上位3人とも6本目のジャンプはファール。そして終わった。

  これまでに何度も立った表彰台。その中央に短距離種目で立つことは、とうとう無かった。けれど、去る者の思いは、あとを継ぐものへ。ひとりのアスリートが去っても、陸上にかける夢は終わらない。今日もきっとどこかで、新しい夢のはじまりがあるはず。

  いつも応援してくれた人、支えてくれた人、夢を託してくれた人、夢を与えてくれた人。今まで本当にありがとうございました。またいつか笑顔でトラック&フィールドに帰ってくる日が来るといいなあ。

  最後のジャンプ。ファールにはなったけれど、あれはまぎれもなく自分の陸上人生、最長の、最高のジャンプだった。

おしまい

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